生活の日記

文章を書くのが好きな人間が、ただ吐き出しています。楽しいから書いています。

2023-12/13 本日 光をおもう

小学生の高学年からだった。私が1人になったのは。

いじめられたわけではなく、とても仲の良かった友達と大喧嘩したことがきっかけだった。小学生の高学年ともなると、女子は大体数人のグループを作り始める。私も、喧嘩した友達と、他数人のグループに入っていた。そのグループは、私と友達が中心となっていつも動いていた。けれど、私は友達と顔も合わせたくなくて、グループから外れて一人で過ごすことにした。最初の方は、グループの子が遊びに誘ってくれていた。だけど、何度も断っている内に徐々に誘われなくなり、私は完全に1人になった。その時思った。あの子達は私がいなくてもよくて、私がいなくてもこういう風に世界は回っていくんだと。私はいなくてもいいんだと思った。私の代わりはいくらでもいるんだと。

 

水泳に行く前に教室で着替えていた時、急に視界が真っ暗になって耳が遠くなって、頭が一瞬クラクラした。私はよくこういうことがある。そういう時は、いつも声が出なくて、私はしばらくの間ただ1人で立っていた。すると、一人の子が心配してくれて、私はその子にお願いしてプールを見学することになった。熱気に包まれたプールの端の屋根の下、座って、ただぼーっとプールの中を見ていた。じっと見ていた訳ではなく、ただ、そこに顔を向けていただけだった。頭が痛くて、気持ち悪くて、倒れてしまいそうだった。私はこの日のことを何故か覚えている。それは多分、私はあの日、自分が1人なのだということをはっきりと感じたからだ。その後、この日は授業参観だったから、お母さんが来て、私は具合が悪いと伝えて、早退することになった。お母さんは、こんなに暑い日に具合が悪いのにプールに居させることに怒っていた。私は、早く家に帰りたかった。それだけだった。

 

中学1年の春だった。私はこの夜のことを一生忘れない。いつものように2段ベッドの上でタブレットで動画を見ながら、ゲームをしていた。多分、深夜の3時ぐらいだった。それでもまだ寝たくなかった。中学1年生の頃は、全てがどうでもよかった。何もしようと思えなかったし、何かに感動することもできなかった。毎日漠然とした不安を抱えて、何もせずベッドの上で仰向けになってぼーっとしていることがよくあった。

たまたま、YouTubeの関連欄で知っている人の配信を見つけた。その人は、元々私が好きだったゲーム実況者の相方で、コラボ動画なら沢山見ていた。けれど、その人の動画は、"キャラ"を毎回作ってゲームするという、漫才のような感じだったので、本当にどういう人かはイマイチ知らなかった。

なんとなく、その人の配信を見た。

ゲームの名前も覚えている。今より音質の悪いマイクも。ただ、動画の時とは雰囲気が全然違っていて、"人間"という感じがした。動画の時は、いつもなんとなく人間感がなかった。キャラを演じていたからそうだった。けれど、配信で見たその人は、人間だった。コメント欄には、この人の配信でよく使われる用語なのか、よく分からない言葉のスタンプが流れていた。だけど、私はそれを見て、なんかいいなぁと思った。視聴者は100人ぐらいで、少なかった。改めて聞いたその人の声は、動画で聞くより優しくて、楽しそうで、心地良かった。

私は久々にその配信でお腹が痛くなるまで笑った。思わず涙が出た。そんなの、本当に久々だった。

この人が好きだ!とすぐに思った。明日も配信見よう。その日は、珍しく良い気持ちで眠ることができた。

 

私は今でもその人が好きだ。大好きだ。何もかも。これからもずっと好きだ。

出会ったばかりの頃は、その人が大好きで、私はその人になれたらいいのに、と思っていた。というか、その人として生まれてこれたならどれだけ良かっただろうかと思っていた。

だけど、私はその人には決してなれないし、私は私にしかなれないと気づいた。

それでも、私と違うからこそ、その人が大好きで、美しくて、かっこよくて、かわいくて、愛おしく思える。

 

何もかもがどうでもよかった。死にたかった。けれど、死ぬことはできなかった。生きることに意味も感じられなかったけど、死ぬことに価値も感じられなかった。何もしたくなかった。このまま、いつか死ぬんだと思っていた。大人になる前に、いつか。

 

私の光だった。

私の世界に差した、たった一つの光だった。

私は、今の大好きな推しに出会っていなかったら、生きていなかった。あのまま、ずっと死んだまま、息だけをする生活を続けていたのかもしれないし、本当に死んでしまったのかもしれない。

久しぶりに空を見た。その人が、今日雲が綺麗だったと話していたから。ゲームに興味が出た。その人が、楽しそうにゲームの話をするから。その人の言っていたアニメを見た。その人の今日食べたものを、私も食べたいと思った。

全部どうでもよかった。だけど、その人がいる世界を、その人の見ている世界を、私も見てみたいと思った。

いつも通る歩道橋で、少し顔を上げて歩いてみた。空があった。夕焼けの空がそこにはあった。息を飲むほど綺麗だった。空は、こんな色をしていたんだ。ずっと、ここにあったんだ。

桜が咲いていた。桃色の桜が咲いていた、それに気づいた。

そんな世界を少しでも残しておきたくなって、カメラを買った。今も使っている大事なカメラ。

その人が好きで好きで仕方なくて、絵を描くことにした。それで、たくさん絵を描き始めて、私の大好きな絵師さんにも出会った。その絵師さんに出会って、私もこんな絵が描きたいと思うようになった。それがきっかけで、私は絵を描く楽しさに気づいた。それで、今はデッサンや油絵を始めた。絵を描くことが当たり前になった。

 

ゲームを好きになったのも、またアニメを見るようになったのも、その人がいたからだった。その人が楽しそうに生きていたから、私も生きてみたいと思えた。私の推しはゲームが本当に大好きで、すごく詳しくて、新作のゲームがどうだとか、たくさん語っていた。夜遅くまでゲーム配信をしていて、よく昼夜逆転している。いつも人とは少し変わった視点から何か思いつき、私はそれにお腹が痛くなるほど笑った。なんのゲームをしても、誰と一緒にいても、推しはいつも自分の視点で楽しんでいた。明るくて、ポジティブで、自由で、私のヒーローだった。

私は、彼みたいなヒーローになりたいと思うようになった。誰かを救いたい。誰かの心を動かしたい。

 

今は、推しのことを春の光のような人だと思っている。ただ、そこにあるだけなのに暖かくて柔らかくて、賑やかで、心が踊るような光。それは私にとっての、私だけの光。

私は誰かの光になりたいとは、今は、あまり思っていない。何もかも、結局自分のためにしかできないと知ったからだ。私は、私のためにかいている。きっと、いつか私の全部を光にして、私を救うためにかいている。それで、誰かが私の光を見て、自分の光を見つけてくれたらいいな、と思う。

私は独りじゃない。私はあの日 光を見て、世界とまた向き合おうと思えた。家族とも、話すようになった。私は私だ。それをやっと、少しずつ認められるようになった。私は、これからも生きていく。

私の推しは今、配信をしている。今も大好きなゲームをしている。私はもう寝るから、その配信は見れない。けれど、この夜のどこかで、同じように生きているのだと思うと、それだけでいい気がした。

私は今、生きている。当たり前のように、明日も生きていく。私はそれを当たり前のように思っている。

今日、久々に推しの動画を見た。変わらなかった。何も。今もあの人は自分らしく、誰よりも楽しんで生きていた。私はそれだけで全てが愛おしくて、不完璧で終わる今日も、愛せた気がした。