生活の日記

文章を書くのが好きな人間が、ただ吐き出しています。楽しいから書いています。

2023-11/22 本日

もう11時だ。
早くデッサンの課題を始めなければいけない
けれど、何もしたくなくて、あと少しでいいから何もしないでいたくて、その気持ちを吐き出したくて、文を書くことにした。

 

・怠惰

頭は重く、ずっと布団に入っていたから顔が熱い。枕が濡れたり汚れたりしないように、いつも枕の上にタオルを敷いて寝るのだが、そのタオルの上には抜けた髪の毛が数本落ちている。ベッドの頭の方についている台、物が少し置ける板には、横長のデジタルの黒時計と、鼻をかんだティッシュのゴミが置かれている。そうして、私はこの時間にパジャマのままで、ベッドの上でだらだらと現実逃避をしている。

 

・蔓延る

窓から入ってくる外の光が、私の中に蔓延っている夜を溶かしてゆく。昨日は、久々に夜更かししようと思ったのに、スマホを手に持ったまま、いつの間にか寝てしまったらしい。それも、多分12時ぐらいに。夜更かしも何もできなかった。それで、9時頃には自然と目が覚めてしまった。昨日、弟が熱が出たので、病院に行こうね、と母が話している声が微かに聞こえた。私はまだ若いのに、頑張っても9時間しか睡眠ができず、起きても肩やら足やら頭が痛いなんて、この先どうなってしまうのだろうか。そんなことよりも、今弟とお母さんは、病院でどうしているだろうか。弟は具合が悪く、お母さんもそれに付き添って大変な思いをしているというのに、姉はベッドの上で弟の心配も大してせず、ただぼーっとしている。心配というのは、心の余裕があるからこそできるものだと思う。私は元からといえば、そうなのかもしれないが、最近はたくさんのやることに追われているということもあり、通常よりもずっと、心の余裕が無くなっているのだ。という言い訳をしてみるが、所詮人は家族であっても他人のことなど、どうでもいいのだ。
私は疲れて家に帰ってきた時、よく部屋の隅に蹲っているのだが、弟はそれを見て 大丈夫? などとは言うが、心から心配はしていないだろう。私もそうだ。みんなそうなのだろう。
でも、ちょっと心配だ。ちょっと心配なのは、やっぱりどうでもよくないからだ。

 

・昼のなか

私がこんなことを言っている間に、外からは鳥のさえずる声や、犬の鳴き声、自転車や車が通る音が聞こえてくる。昼の音が聞こえる。窓から少し外を覗いてみると、すっかり昼に包まれていた。今日は空が明るいらしく、家屋は日差しに照らされている。止まっている車のフロントガラスが、陽の光を反射して輝いている。首を伸ばして外を見るのをやめると、突然光を浴びたからか、目がチカチカした。

 

・実感
弟と母が帰ってきた。弟はインフルにかかったらしい。私はコロナにかかった時もそうだったが、予防接種をしていなくても、1日で熱も下がって元気になってしまったので、別にかかってもいいかなと思っている。
母は弟のためにジュースを買ってくるらしいので、私はスーパーカップの抹茶がいい、と要望した。すると、弟はアイスでもいいの?と言い、スーパーカップのバニラが良いと言った。弟は結構喋った。スーパーカップのバニラが無かったら、クーリッシュがいいんだけど、あったらスーパーカップが良い!と、かなり話したので、元気だった。頭が痛いらしいが。
そうやって、母と弟と話すと、私という存在は、この家族の中に姉として、もしくは子供として、仲間として認識されているんだな、という実感がして、少し元気が出た。私は一人でいるのが好きだが、孤独でいるのは苦しい。孤独が好きか、と言われれば、好きなのかもしれないが、苦しいことであるのは確かだ。

 

・昼/夜
私がこの文章を書いて、これをネットに公開しようと思っているのだって、自分という存在をインターネットというコミュニティーに公開し、存在を認識してもらいたいからだ。
でも、私は孤独にもがいている人間が好きだ。孤独に慣れない人間が好きだ。私は、学校で一人でいると、孤独を感じるが、本当の孤独では無いのだ。本当の孤独に落ちてみたいという憧れがある。それと同時に、昼の中で光の中で生きてみたいという憧れもある。

 

・なんとなく
気持ちの整理がついたので、この文章はやめにしようと思う。当たり前のことだが、なんだか私は生きているんだなぁ、と感じた。
いつか大人になったら、散歩をしてみたい。この昼の中を。音楽を聴きながら歩くというのもしてみたい。しかし、危ないのでイヤホンは片耳だけつける。近所を、少しだけ。
なんだか絵が描きたくなってきた。私にとって生きることは、絵を描くことと、文を書くことなのかもしれない、と最近少し思っている。
まだ絵も文も突き詰めていないので、本当かどうかは分からないけれど、これからずっと傍にあるものだろうな、とはなんとなく感じている。