生活の日記

文章を書くのが好きな人間が、ただ吐き出しています。楽しいから書いています。

2024-3/28 本日 高速道路

久しぶりの感覚だった。旅行から家に帰ってる時の気持ち。欠伸をしたからだろうか、それとも気持ちが影響したのか、胸がほんのりと熱くなった。空は白く曇っている。高速道路、いくつかの車が前を走っている。短いトンネルに入っては抜けてを繰り返している。助手席にはおばあちゃんが乗っていて、運転席にはじいじが乗っている。2人は本当にうるさい。2人というか、おばあちゃんの声がでかいし、ずっと喋っている。嫌いである。おじいちゃんもまた、別の部分で嫌いなんだけれど。隣に座る弟も、その隣のお母さんも寝ている。
空が段々暗くなって、夜になるまでずっと、高速道路を走っていればいいのにと思った。家に帰りたくないわけじゃない。またいつもの日常に戻らなくちゃいけないと思うと、それが少し憂鬱になっただけだ。
肩と首が痛い。回したって回したって凝ったままで、私がいつもあまり元気がないのは、これのせいもあるだろう。
私の肩の凝り具合は、ずっと何時間も重いリュックを背負っていて、それをやっと降ろした時の、まだ肩に残る重さと疲労感に似ている。それがずっと続いている。頭も痛いし。目もぱっちり開かない。
おばあちゃんとおじいちゃんの言い合いが大きくなってきた。うるさい。
私の人生一生、こんな狭い車でうるさいおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に閉じ込められて、WiFiないから何もできないままなのかな。


少し鼻で息を吐くと、それはある意味幸せなものに思えた。
私は少しも不幸じゃないんだ。自分は甘い世界に生きていると思う。よく、お前よりもっと〜な人がいるんだから〜したらダメとか、なんとか、そういう言葉を聞くが、私は別にそれはどうでもいい。
私は自分が不幸ではないからと言って、不幸を感じてはいけないとは思っていない。ただ、私は不幸を感じたい。異常なドMではない。いや、そうなのかも。ドMの定義にもよるが、ドMが虐げられることで快楽を感じる人だとするなら、私はドMに近いのかもしれない。

不幸を感じることで、幸福を感じることができるからだ。いや、不幸を感じることで、幸福に気づくことが出来る。だから、私はわざと自分が負の感情である時に、それを膨らませて書いたり、明るい気持ちになろうとは思わずに、暗い気持ちで言葉を書き殴る。それを楽しんでいるのかもしれない。
考えていたいのだ。幸せな時に幸せであることに気づくのは難しい。だから、私は不幸を感じた時に、どういうことを思ったのか、何を考えたのかを書き残す。それが私の幸福とか私の核を知ることに、繋がるかもしれないと思って。


私が車に乗って高速道路で家へ帰っている時間が好きな理由、気づいた。考える時間にできるからだ。車に乗って家に帰るということをしている間に、同時進行で考えることもできる。バスが好きなのも同じ理由だろう。
あとは、景色が見れるからだ。色んな場所を通って、色んな家とか建物が見れて、色んな車が見れて、空とか木が見れる。
そうだな、流れを感じるからだ!車に乗っていると、自分も進んでいるし、周りの車も進んでいる。とてもわかりやすく、視覚的な流れを感じることができる。私は流れとか、動くものが好きなのだ。生きている感じがするから。
ずっと固まっているものは、怖い。怖いのかな?これはちょっと、まだわからない。考えを深められていない。
景色を見ていると、なんか、楽しいなあと思った。ただ、高速道路を走っているだけでも。
もっと色々なものを感じていたい。色んなことが知りたい。楽しい。
目が見えて良かった。

私に、視覚があってよかった。聴覚も、触覚も、味覚も、全部。この世界を全部感じることができるように、生まれてこれてよかった。最近、生きてると楽しいなって思うことが増えた。前は少しも思わなかった。なんだか泣きたい気持ちになった。嬉しくて。
学校は怖い。人間は怖い。それは変わらないけど、Twitterでフォローしてる、私の好きなドット絵を描くインターネットばかりしているあの人も、この世界にいるのかと思うと、すごいなと思った。そうか、私の推しも生きてるんだ。Eveくんも。
同じ空の下で生きてるんだ。同じ季節の中で、同じ地球の中で。もっと何にも囚われずに、色んなことをたくさん知りたい。旅にでも出たいものだ!
ふいに、何も考えない時間がある人って意外といないのかなぁと思った。私は、何も考えない時間もたまにあるのだが、そういう人は意外と少ないのだろうか。


一人で書いてるの、やっぱり楽しいな。誰に話すわけでもなく、誰に向けるわけでもない。私が思ったことをそのまま書いているだけ。私はいつも、思ったことをそのまま言うことはできない。いや、そういう時もあるのだが、それは大抵、ぱっとわかる返事だったり、ツッコむ時だ。まぁいいやそんなことは。


あ〜ホシノになりたい。というか、ブルアカ面白い。普通に面白いです、ストーリーとして。構成が上手いね。ただ、もちろん、キャラ萌えの心を持っている必要はあるのだが。早く家に帰って進めたいね。私がウヅコウのブルアカ話を理解できるようになったのが嬉しい!!!水着ホシノが欲しいんですけど、周年ガチャ?でいつも復刻されるらしい。ドレスヒナも欲しいんだけど、、!!
楽しい!!!ブルアカ楽し〜!!!!!
あーあ、ブルアカやってるオタクは身近にいねぇのかよ、、つまらない、、
いや、私はいつかホシノの二次創作小説書くからいいや。ホシノはおれが妄想で補完して幸せにしよう。


そういえば!Twitterのあの人がなんか、面白い本を読んだって言ってたな!次それ読もうかな。
一昨日といい、昨日といい、寝る前の2時間ぐらい読書をしていて、一冊読み終わり、2冊目も途中まで読んだのだが、本を読むのはやはり良い。村田沙耶香の、『丸の内魔法少女ラクリーナ』と、三秋縋の『恋する寄生虫』を読んでいて、前者を読み終わりました。
久々に村田沙耶香の小説を読んだが、やっぱりあの人はあの人しかいないね。村田沙耶香の本はあの人以外には絶対に書けない。ああいうものを、"文学"と言うのだろう。文学というか、アート、芸術にも近い。
三秋縋は、コウが大好きだと言っていたので、読んでみようと思って、借りてきた。コウが絶賛していた、『三日間の幸福』を先に読みたかったのだが、借りれなかったので、予約したから、明日取りに行くか。
そういうことで、『恋する寄生虫』を途中まで読んだ。とても読みやすい。ラノベに近いかな?だけど、ラノベというほどチープなものでもない。中高生が読んでそうな本。まぁまぁ面白いけど、すごい面白いわけでもない。雰囲気は良いし、コウが好きなのはなんとなくわかる。まぁ、最後面白くなるタイプの本かもしれない。ただ、私も少し潔癖なところがあるので、潔癖症の主人公が言っていることは、なんかわかるなぁと思った。私はさすがに主人公ほどでは無いが。友達でも部屋に入られるのはちょっと嫌だし、ベッドに座られるのは絶対嫌だし、友達でも無意味に触られるのは嫌だ。他人が全部汚れとしか思えないと主人公は言っていたが、その気持ちは私も少しわかる。
なんだか、懐かしい気持ちになった。こういう本、小6の時とかに読んでた本に似てるなぁって。
もしかしたら、感想を書くかもしれない。